Fujii Times(ブログ)

2019年10月20日

(研修報告)金澤泰子さんをお迎えして

 

総務スタッフです。9月25日に開催された藤井動物病院(FVMC)グループの研修会、 午後は書家の金澤泰子さんをお迎えして「天使がこの世に降り立てば」という題目で講演 をいただきました。

金澤泰子さんには、翔子さんというお嬢様がいらっしゃいます。翔子さんは書家として建 ⻑寺、建仁寺、東大寺、薬師寺、中尊寺、延暦寺、熊野大社、厳島神社、三輪明神大神神 社、大宰府天満宮、伊勢神宮、春日大社等で個展・奉納揮毫(きごう)をし、数々のメデ ィアにも取り上げられています。先日も TBS 系列、中居正広の金曜日のスマイルたちへ でも「ダウン症書家 金澤翔子、奇跡の知らせ」として放映がありました。

翔子さんは、生まれながらにダウン症。泰子さんは、生まれてから5年間は苦しみが続い たと話します。そんな翔子さんが書をはじめたときは5歳。保育園も楽しく過ごし、小学 校も先生からも「翔子ちゃんがいてくれるだけで、みんながやさしくなれる」と、普通学 級で過ごしました。

それが、小学4年生に進級するとき「もう預かれません」と言われ、途方にくれていると きに、泰子さんは翔子さんに書道を厳しく指導。翔子さんは涙をながしながらも書き続 け、一行ずつ「ありがとうございました」とお礼を言ってくれたそうです。

その時の般若心経、3000 字で書の基本ができた。持続の力、あの経験がなかったら書家に は成れてないと話がありました。

翔子さんは魂の純度が高い、やさしくみんなに寄り添う、一所懸命な、生き方 Max な性格 です。ダウン症は 1 個染色体が多いのですが、その本質は「やさしさ」、翔子さんも類な いやさしさを持ち合わせているのです。そのやさしさに泰子さんをはじめ、まわりの人は 救われていると言います。

翔子さんの 20 歳で銀座書廊で個展が反響を呼び、その後、各所での個展、奉納揮毫。書 家としてさらなる活躍をしています。その詳細はここには書きませんが、泰子さんの話か ら印象に残ったことをここから書きたいと思います。

まず、「障がい者は、本人はみんな幸せ。当人は悲しんでいない」。「だから特別ではな く、普通に接してくれればいい」と話がありました。我々は、自分目線で、彼らをみて 「可愛そう」と思いがちですが、その考えは間違いだと気づきました。1 人の同じ人間と して、寄り添うことが大事だと感じました。

翔子さんは、周りからは絶対できないと言われていた一人暮らしをはじめ、既に5年の歳月を経てい ます。最近では1人で切符を購入して会場へ移動しています。自分でできることは私たち が想像している以上にあるのだと学ぶことができました。

その一方で、ダウン症は1000人に1人と言われていますが、ある物理学者が人類がここ まで生き延びてきたのは、病的遺伝子が3%あったからこそ、生き延びれてきた。その3%が異常を引き受けてくれた。だからそれを逃れられてた、我々97%の人たちは、彼ら を尊重し、助けていく。そういった気持ち、行動が大事だということです。

そして最後にあった話が印象的でした。「30数年前は世界で一番悲しい母親だと思ってい たが、今は世界一幸せな母親だと思っている。闇の中に光があり、生きてさえいれば絶望 はない。」

それはまさに、本研修の目的である「人としての成⻑」「道徳」に繋がる言葉でした。

翔子さんの恋愛話も楽しかったですし、講演後の質疑応答、記念撮影も快く引き受けてい ただきありがとうございました。金澤泰子さん翔子さんの益々のご活躍を願っています。