藤井動物病院

藤井動物病院 公式ブログ

「隔たりのなさ」を目指した待合室

当院は3年から5年ごとに受付の位置、診察室の位置を変えています。それは壁紙を貼り替えるとか、簡単なリフォームのような改装ではなく、まったく別の病院をつくる気持ちで改装をしてきました。

受付-001
IMG_7772-001
外待合-001
待合室1-001

なぜこのような改装を続けてきたのか?

振り返れば、その試行錯誤は「飼い主さんとのコミュニケーションはどうあるべきか?」その探求だったと感じます。

改装当初は、落ち着いた雰囲気をめざし、色やソファもそのコンセプトに合せて統一していきました。こちらも以前の待合室より格段と良くできて、飼い主さんにも好評でした。

でも、まだ足りないものを感じました。それは飼い主さんとのコミュニケーションです。スタッフの対応が悪いわけでもなく、彼らは一所懸命に働いているのに、飼い主さんとの隔たりを感じていました。

この頃「コミュニケーションとは何か?」と随分、考えました。その考えの行き着いた先の結論は、コミュニケーションは「単に会話をする、丁寧に話をしたから伝わるというものではない」ということです。真のコミュニケーションとは「お互いの心が許されていると感じたときに、言葉はなくても伝わるもの」だと感じたのです。

であるならば「真のコミュニケーションが実現できる環境を考え、待合室をつくるべきではないか?」と考えるようになりました。それは「自然と挨拶や会話が生まれる」環境をつくれば、「飼い主さんとの隔たりを極力なくすことが実現できるのではないか?」と考えたのです。

最も大きく踏み切ったものは、待合室と私たちの仕事をする場所との隔たりをなくしたことです。どうにか飼い主さんにも我々スタッフが仕事を見てもらえるようにと考えました。とはいえ、全てをオープンにし診察や治療の妨げになってはいけません。また、ただ見えるだけでは隔たりは残ったままです。

その問題を解決するために、それまで横一列で並んでいた殺風景な診察室を一部屋つぶして廊下にしました。これで待合室は全体を見渡すことはできません。そのおかげで、何があるのだろう?と興味を持ってもらえます。

飼い主さんがその待合室を歩いていると、その終点には暖炉と目印となる飾りがありその横には我々の薬や処置の準備をする場所があります。待合室と準備室との隔たりは、床の色だけで、ドアも何もありません。飼い主さんが自然とそこへ誘導されることで、我々スタッフと顔をあわせることができ、そこで挨拶や会話が生まれます。

待合室2

待合室3-001IMG_7079-001

また暖炉の横には子どものために宝箱(持って帰ってもらうおもちゃが入っている)があり、子どもが自然と引きつけられます。その横は準備室ですからスタッフが子どもに向けて「こんにちは」と挨拶をしたり、「ひとつ好きなものを持っていっていいよ」と話しかけることもできます。さらには、なかなか帰ってこない子どもを探しに宝箱のところへ来る親御さんが来て、私たちと会話が生まれたりします。

IMG_7773-001

加えて診察室も、我々が待合室を通り、飼い主さんを呼んで一緒に診察室に入るという形のドアが1つの部屋も増やしました。敢えて飼い主さんの前を通過して行動することで、飼い主さんと目があったり、話をしたりと、身近に飼い主さんを感じられるようになりました。

IMG_7078-001

最近では、初めて会う飼い主さん同士が待合室で自然に声を掛け合い、会話をしている風景にも出合います。それもこの待合室をつくって良かったと思える瞬間です。今後も改装はあるかと思いますが、動物、飼い主さんにとって良い環境づくりをこれからも実現していきたいと思います。よろしくお願いいたします。

待合室全景

改めて「避妊・去勢手術の質」を考える。

避妊・去勢手術を受けるワンちゃん(犬)、ネコちゃん(猫)は当院でも増えています。

ご存知のとおり、避妊・去勢手術は、発情時の「ストレスからの開放」「生殖器系の疾患の予防」「望まれない繁殖を防ぐ」などメリットは多くあります。手術ができる動物病院であれば、どの病院でも可能かと思いますが、改めてこの避妊・去勢手術の質を考えたいと思います。

1. 避妊・去勢手術と他の手術との大きな違い。
避妊・去勢手術は健康な犬、猫を手術する。他の手術は病気やケガなど治療のための手術です。健康な状態での手術ゆえに、この手術で健康な状態が損なわれたり、調子が悪くならないよう細心の注意が必要だということです。当たり前のことですが、ここをないがしろにすると、術後に影響がでてきます。

2. 短時間で手術が実施できるための技術。
当院の獣医師は年間多くの避妊・去勢手術をしています。それは手術数だけをこなすのではなく、常に質の向上を考えています。院長の私をはじめ、先輩医師からの技術指導、獣医師同士の情報交換など、避妊・去勢手術のあるべき姿を追い、犬・猫の負担を軽減できるよう、短時間で確実な手術のための技術を習得しています。

3. 避妊・去勢手術での使用する糸へのこだわり。
手術で使用する糸を大まかに分類すると、吸収糸、非吸収糸に分けられます。 吸収糸というのは言葉の通り、時間の経過によって体内に吸収されるものを言います。これは半年ほどで生体に吸収される糸であり、糸に対する生体の反応もほとんど問題にならないため、当院では避妊手術・去勢手術時に血管を結ぶ糸は吸収糸を用いて行っています。吸収糸は非吸収糸に比べて、高価です。ただ、安全・安心医療(※)や犬・猫への負担を考えれば、吸収糸を利用しなくてはいけないと考えています。

※手術用の糸に関連した疾患「縫合糸反応性肉芽腫」(術後異物肉芽腫)
手術に用いた糸に対して身体が反応。特にミニチュア・ダックスフンドに多く報告され、皮膚や皮下組織が赤く腫れてきたり、潰瘍になったり、漿液や膿汁が漏出することがある。非吸収糸である絹糸の利用でこの発生が多く報告されている。

4. 糸を使わないバイクランプ。
吸収糸でも稀に炎症性の反応が残ってしまうことがあります。そこで当院では糸を使う手術法の代替法として、バイクランプという熱性の圧力を行う特殊な器具による手術を行っています。この方法では、糸を使用しないため、縫合糸肉芽腫の発生を防ぐことができ、手術直後も体内に異物が残りません。 術後の炎症反応も糸を使用した手術と比較し軽減されるというデータも出ています。

※バイクランプについては、2010年11月に研究論文として獣医麻酔外科雑誌にて最優秀論文を受賞しています。当院は避妊・去勢手術におけるバイクランプ利用の先駆けとして技術向上に努めています。

これらのように、単に「避妊・去勢手術」といっても、様々なことを考え、実施する必要があります。症例数だけではなく、どういった手術をするのか?その内容の説明を受けて手術することを推奨いたします。

3Dプリンター使用で画期的な犬の整形手術を成功

藤井動物病院(所在地:神奈川県横浜市、院長:藤井 康一)と、整形外科専門獣医師グループのONE for Animals(ワンフォーアニマル)が共同で、従来、一回の手術では元に戻すことが極めて難しかった特殊な整形外科症例を、3Dプリンターモデル(以下 3Dモデル)を使用し、模擬手術を実施することで、大幅な時間短縮をもって成功させることができました。同時にこの症例は、2014年の日本小動物獣医学会(関東・東京)の地区学会長賞も受賞したことを報告いたします。

 地区学会賞

 

【成功の背景】
従来は、前腕に重度変形が生じた場合には骨切り変形矯正が必要となり、変形点が単純な場合、比較的容易に矯正が可能でした。しかし実際は、変形点が複数あり、変形中心が骨軸上に存在せず矯正が困難という場合がありました。

また、1本の骨切りでの矯正では、橈骨(とうこつ)接合面が少なく、矯正後の固定破綻や矯正不良が生じる可能性がありました。

今回の試みでは、3Dモデルをもとに変形矯正手術を実施しました。3Dモデルを使い術前計画と模擬手術を行い、手術をする事で今まで矯正が困難で矯正不良などの術後合併症が生じやすかった「変形点が複数ある前腕の矯正手術」が正確に実施できました。従来の術者の主観に頼る手術と異なり、正確に矯正を行う事が可能で、変形矯正の困難な症例を正確かつ大幅な時間短縮を持って成功させることができました。

【3Dモデルを使ったことでの有用点】
・模擬手術で、骨切りラインやプレートの設置部位などを実物大のモデルで確認できる。

・3Dモデルに合わせ、術中の骨切りが可能。また、術前に矯正後の骨に適合するプレート設計が可能で、本手術において計画通りの矯正が行いやすい。

・3Dモデルでの模擬手術は元来に比べ、より具体的に本手術に近い形で模擬手術が可能になり、本手術での手順などチーム内での共通認識が深まり、スムーズに本手術ができる。

【今回の具体的な症例】
犬種:イタリアン・グレーハウンド
体重:4.6kg
年 :1歳
備考:避妊雌

<症状>
3ヶ月齢で右側橈尺骨(前足の手首の上の骨2本)骨折を受傷。

・もともと足の長い犬種で曲がりが強くなり、歩くことが困難かつ痛みがでてきた。骨の成長が終了した後に手術を実施。
・前足は、横方向に36.8°外側へ向き(外反変形)、前後方向に10.2°手前に曲がっていた(前屈変形)。

術前X線画像1

術前X線画像

<3Dプリンターモデル作成>
・CT撮影したものを3次元の画像にした後、3Dプリンターで実物大の骨の模型をつくる
・コンピューター画面上で設定した骨切り位置を実物大の3Dモデルにて確認し設定した角度に骨切りを2方向行う。

3Dプリンターモデル

<模擬手術>
1. 変形矯正を計画
・側面像(矯正前26.8°を17.6°へ)
・正面像にて(矯正前36.8°を3.5°へ)

模擬手術

2. T字ロッキングプレートにて骨切り部の固定が良好に実施できる事を確認

T字ロッキングプレート

<本手術>
・実骨切り時には模擬手術で使用した3Dプリンターモデルで骨切り線を確認しながら実施。
・模擬手術にて形状設定したプレートを使用しプレートに合わせ骨切り部の固定実施。(模型もインプラントも手術時には滅菌済)
・手術時間は切皮よりプレート固定まで40分(消毒・縫合時間を除く)

<術後8週 歩様>
・外観での右側前肢の外反も改善しており、歩様良好。

 術前・術後の比較

・骨切り部の良好な癒合所見。インプラントに異常は認められない。
術後8週間後 歩様

術後8週間後 レントゲン

アメリカへ留学したわけ(1)

私の父、藤井勇は日本獣医界では知らない人がいないほど有名でした。今でも父の世代の獣医師に会うと父の話が出てきます。そんな動物病院の2代目の獣医師でした。それも4人兄弟の4人目、家族でたった一人獣医になったのです。兄弟の中で獣医師に小さい頃からなりたいと思っていたのは私だけで、他の兄弟は獣医大学すら受験しませんでした。

父がこの業界で有名になったのは、沢山の学会活動があったからです。特に当時死の病であった、フィラリア症の病態の一つ後大静脈塞栓症という病態を発見したことと、その手術方法である頸静脈からの虫体の吊り出し方の手術の開発で当時は画期的な発表でした。

この手術はその後世界中に広まりました。しかしながら、その業績の中に父の名前はなかったのです。1970年代に父がこのフィラリア症の大発見をした時に、それを聞きつけてアメリカから外科医が来て、その時に父はそれまで日本で発表していた資料をすべて渡しました。そのアメリカの外科医はその業績を自分のものとしてアメリカの学会誌に発表しました。そこには父の名前はありませんでした。

おそらく父は悔しい思いだったはずです。ただ、治療法が世界中に広まったことで、この恐ろしい病気から多くの犬を助けることができたことで満足だったと思います。同時に父は私がアメリカに行って、英語で外国の獣医師と渡り合える英語力、学力を付けてもらいたいと感じていたようでした。そして学会や論文発表できる人間になってもらいたいと感じていたために、私にアメリカに行くようにと勧めていました。

私個人はどっかのお金持ちがアメリカに留学して箔をつけて帰ってくるようなものだと初めは感じていて、行くのが嫌でした。嫌といっても、行ったことのない土地で数年間暮らすことには興味を持っていましたが・・・

そして、当時は、海外に1年程度行っていた獣医師が、まるで大家のようになってセミナーを行っている時代でそのことについては、私は、かなり否定的でした。また、日本の工業技術は世界一と言われていた時代に、日本の医療技術がそんなに劣るはずはないと感じていました。そこで日本の技術が劣ることはないことを証明するために日本で3年間の研修医を追えた後にアメリカペンシルバニアにある、ペンシルバニア大学の獣医学校に留学することにしたのです。(つづく

アメリカへ留学したわけ(2)

アメリカに行ってみると、当然英語はちんぷんかんぷんでしたが、授業には出させてもらいました。当時、通常日本から来ている獣医師の留学生は見学だけして1年ほど過ごして、帰って行きました。私の留学中にもそういう人が数人いました。

私の留学していたペンシルバニア大学は名門校の一つでアイビーリーグの学校であったために、あまり見学生を学校で受け入れてくれませんでした。当時のパターンとしては、英語学校に席を置いて、見学をするというだけの物で、勉強をするとは、ほど遠く感じました。私は腰を据えて学ばないと日本の良さをわからないと感じて、ペンシルバニア大学の獣医学校の学生に成れるように努力をしました。学部長と交渉をして、獣医学部の試験を受けさせてもらい学力が十分なら入学を認めてもらう事になり、そのかいあってか、念願が叶い晴れて獣医学校の学生になることができました。

ただ、その大学で感じたことは、日本の学生との大きな違いでした。それは、学生の勉強に対する姿勢です。学生は、平均年齢が、大学を出て3年働いた私とほぼ同じでしたし、勉学に対してはとてもまじめでした。わたしは、日本で既に臨床を3年間やっていたので、それなりの自信がありましたし、現実にはいろいろなところで、学生たちよりは技術的にも持っていました。それでも、その学生の真摯な学ぶ姿に刺激を受けずにはいられませんでした。学生は朝6時には学校に来ています。そして終った後、図書館に夜中の12時ぐらいまでいて学習していました。英語もままならない私は、最初の2年間で10キロ近く痩せました。

獣医学校の大学生になって、半年ぐらいして大学病院に出ることになったある日のこと、スタンダードプードルの症例が来院して、私が担当になりました。その犬は雄犬で、数ヶ月前から痩せてきたということで、大学病院に回ってきた症例だったのです。1学生として担当したのでありましたが、日本で既に3年間臨床をやっていましたし、学生にはもちろんの事、勉強ばかりやっている先生にも触診などでは負けたくないと思っていたくらいです。私は日本で、毎日80症例以上の診察をしていました。アメリカの先生はせいぜい1日に5〜10例ぐらいです。いくら私が若く経験が浅いといっても、触診の力はあると思っていました。

その症例の担当はDr.Littman 女性の40代後半の先生でした。私は「こんなおばさん先生に何がわかるのだろう」ぐらいに感じていました。今、思えば、大変生意気が学生だったと思います。

私は、問診、触診、聴診をひと通り行い、大きな異常は、最近痩せてきたという事だけで、血液検査、尿検査、胸部腹部のレントゲン検査、腹部超音波検査を提案して、Dr.Littmanに診察を依頼しました。しかし彼女は触診で、お腹の中のしこりを見つけ出しました。後腹膜腔という特殊な触りにくい場所にあるしこりでしたが、私は触診にはかなりの自信を持っていたので、大変ショックでした。自分の触診の甘さに何とも恥ずかしくそして悔しい思いをしました。これがきっかけで、この大学病院で1番の触診ができる人間になろうと決心したのです。

また、当時大学病院で最も尊敬されていた先生の中に、Dr.Washabawという、後に米国内科学会長になった先生がまだ30代で教鞭をとられていて、その先生が「問診、触診、聴診で診断の70%以上が決まると」学生に説いていました。それがいかに重要なことか、それを学んで帰ることが私の留学の最大の目標になりました。(つづく

アメリカへ留学したわけ(3)

私は、日本で、外科の研究室に所属していました。外科はある意味花形の職業であるために、今でも人気の科です。日本の医療のテレビ番組でも、殆どは外科の番組ばかりですよね。しかしながら、アメリカのティーチングホスピタルといえども私にやらせてくれる外科は避妊、去勢手術程度で、他は見学になってしまいます。

また何よりも、触診の大切さに気付いたことがきっかけで、留学中、3年間はすべて内科に費やそうと決めました。内科と言っても、一般内科、皮膚科、内分泌科、循環器科、放射線科、脳神経科、小児科、腫瘍科をすべてを学ぶ決意でした。一般学生は大動物と小動物そして外科、内科と1年の三分の一程度が内科でしたが、私は1年間すべてを内科に居て、さらにもう1年一般内科だけで過ごしました。この経験は私にとって、診断のプロセス、誤診を極力減らす方法を身につけました。

実は、外科には診断というプロセスはないのです。基本的に内科で診断した症例を外科が切るという形なのです。私はこの留学中、内科に専念することで、病気が何であるかが分からなければ、何も始まらないという事に、ここで気付くことができました。これが後に自分の臨床家としての人生を支えてくれる物になったのです。なぜなら今までの私の父の時代は病院では経験主義で、臨床経験がない人は病気を見落とし、経験と勘の良い人は名医になっているからでした。

私は決して勘の悪い方でも、不器用な方でもないですが、スタッフ全員が同じ技量になるにはしっかりとした診断力を付ける事が大切であると考えています。獣医師によって誤診をしているような病院になっては困りますから。

しかしながら、当時学んだこのアメリカ式の診断プロセスを実施している病院は今現在でも殆ど日本にはありません。それは日本の教育機関では教えていないからです。仮に紹介はしているところはあったとしても、1年間を通して教育しないために実用化されないのが現実です。言い換えれば身につかない程度に教えているのです。あまり面白くないプロセスを身につけるのは大変な努力が要りますが、これを付けた後は、考え方を学ぶため一生ものになります。

幸い私はここに興味を持ってアメリカでの3年間の臨床生活を送ってきました。日本に帰国してから、20年間、そこで学んだ触診を基本に置いた確かな診断、そして、その診断をもとの治療をすすめてきました。

そして、今、この診断プロセスを理解し、触診、診断、治療できる確かな技量を持った獣医師を育てたいと考えました。ただ、それを習得するためには最低でも1症例に1日費やす努力が必要です。それを毎日続けたとしても、2年の年月は必要です。

そのプロセスは、SOAPと呼ばれています。これは問題指向(型)医療記録、(POMR: Problem Oriented Medical Record又はPOS: Problem Oriented System)の思考プロセスです。ビジネス書などで言うところの問題発見思考やロジカルシンキングと言ったところですが、考え方ですから、その知識を増やせば、一見できる様になった気にはなりますが、時間をかけ一つひとつの症例からその考え方を経験しなければ、本当の習得にならず、さらに実際の診断、治療に生かすことなどできません。治療現場は一つひとつが違ったものです。単なる知識の習得だけでは、その応用が効かないのです。(つづく

アメリカへ留学したわけ(4)

日本でも、獣医学の教科書にはSOAPのことが掲載されています。

ただ、そこに書かれているSOAPは、私が留学時に経験し、帰国後20年かけて習得してきたものとは全く違うものだと断言できます。仮に日本の教科書に書かれているSOAPを何十年もかけて経験を積み上げても、それは形式だけ繰り返したことになり、真にSOAPを習得したことにはならないのです。

経験だけでは大きな進歩や真の問題解決に至らないことは、日常の生活でもあります。例えば携帯電話。つい数年前までは、携帯電話といえば折りたたみの普通の電話でした。メールでのやりとりや、ケータイ小説など一部のコンテンツは観れましたが、やはり移動式携帯電話の領域を超えることはできませんでした。それでも、それまでは、日本は携帯電話先進国だったのです。

そんな時代に彗星のごとく現れたのがスマートフォンです。それは移動式携帯電話の領域を大きく超え、生活に密着しながら、日常生活の問題点を解決していく(アプリなど)、生活から手放せないものになっていきました。日本はこのイノベーションの蚊帳の外でした。なぜなら、成功したケータイ電話の考え方で経験を積み上げていただけだったからです。後にケータイ電話は、ガラケーと呼ばれるようになりました。ガラケー=ガラパゴス携帯、つまり日本でしか通用しても、世界には通用しない、いつのまにか日本はこの世界で孤島になっていたのです。

先に話をしたSOAPには同じことが言えます。日本のガラケーもスマートフォンも大きく括れば同じ携帯電話と捉えることができます。でも、それは全く似て非なるものであることは、周知の事実です。日本で従来語られているSOAPはガラパゴスなのです。その経験を積んでもガラバゴスのまま。本当に動物や飼い主さんのためになるものではありません。私が、米国留学時に経験をし、考え日本で実践してきたことは、まさにここで言うスマートフォンの世界です。同じSOAPと言っても、そこに至る考え方、プロセスが違うのです。

つまり、日本の獣医学において、培われた経験、教育、先入観などから形成される思考様式、価値観、そのものを変えていかないといけないのです。SOAPにおいても、その本質は何か、一体それが意味する所は何なのか?私がSOAPを通じて考えることは、それが動物や飼い主さんにおいて有効な思考方法であり、真のSOAPの思考、プロセスこそが、正しい治療を導いているということです。私が考えるSOAPは教科書やセミナーで覚えるものではありません。またそれを何年も覚えたからといって習得できるものではありません。動物に関する問題を経験則ではなく、常に変化する現場に応じ、アップデートし(スマートフォン同様)対応できる思考であり技術であり、能力です。私が言っている、経験主義ではない、問題指向型のSOAPとはまさにこのことなのです。

私が留学で経験したように、触診の大切さを感じ取り、そのベースにあるこのSOAPの思考を経験、習得することは、獣医師として一生をかけた技術になることを私は身を持って経験しましたし、それを継承、発展させることが獣医師のため、飼い主さんが愛する全ての動物のためと感じています。(つづく

アメリカへ留学したわけ(5)

アメリカにいって驚いたことは多くありましたが、その中でも驚いたことの一つが、「臨床」という言葉を初めて理解したということでした。少なくとも日本では、当時こういう光景を見たことがありません。ここで私は、本当の臨床医を実感したのです。

アメリカの獣医大学の学生は、既に4年制の大学を卒業してから入ってきている人が多いので、1年生の平均年齢は26歳ぐらいでした。中には、結婚をしている人や、子供のいる人も、また、授業料も自ら捻出している人が多くいました。それは本当に自分でやりたいことを見つけているために、それに費やす時間と真剣さの度合いが、私たち日本の獣医大学の学生とは全く違って感じられました。

朝6時には入院室に学生がいて、犬たちの横に座り、体温や聴診などして、身体一般検査をしている。それも、鼻の先から尻尾の先まで。始めは凄く驚きました。なぜなら彼らは、犬舎のなか、に入り込み、犬と一緒の位置、地べたに座って、身体一般検査を実施していたからです。まさに床に臨む(のぞむ)。これこそが、臨床という言葉が一番適切かも知れないと感じたくらいです。この姿勢も日本にはないもので衝撃的でした。

犬や猫を自分と同レベルにして、会話をしているように、毎朝6時から学生が診察している。先生が来る8時までが彼らの実力を試すチャンスであり、そこで新に見つけた病変や状態の差を、8時に意見として、担当のドクターに話し、自分の治療方針を話す。この真剣勝負の臨床の学びを目の当たりにして、本当の臨床医になるためには、ここを超えないときっと表面だけの獣医師になってしまう。これをマスターするまでは日本には帰らないと決意した瞬間でもありました。(つづく

アメリカへ留学したわけ(6)

アメリカに来て、一番感じたのは「獣医師になることは本当に大変なのだ」と言うことでした。日本は確かに獣医大学に入学するのは大変ですが、アメリカほど切羽詰まった形で勉強しなくても国家試験は通ります。こんな事言ったら、申し分けないですが、レベル的には20年ぐらい遅れていると言っても過言ではないでしょう。

今や情報はいくらでも入ってくるから、知識的には遅れてないと感じるかもしれません。しかし動物に対する考え方、自然環境に対する考え方、様々な意味で日本人は遅れていると感じます。

例えば、私が留学していた当時クラスメイトが140名ぐらいいて、そのうち5人しか喫煙者がいなく、そのうちの一人が私でした。ある日の昼休みに、クラスメイトと外でランチを食べていて、食後に煙草を吸おうと思い、友達に「煙草吸っても構わないか?」と質問しました。すると彼は私に、「勿論、構わないよ。だけど、君はもう少し、賢い人かと思ったよ。」と言われました。私は腹も立てましたが、何よりも、すぐに止められない自分に腹が立っていたのです。喫煙者は自分の健康を気にして止めるのだと当時は思っていましたが、本当は、周りの人間に対する思いやりや配慮などが無い人は煙草を吸う、それが周りの評価で私自身もそう理解することができました。

とはいえ、すぐに止めることはできず・・・数年後、日本に帰ってようやく煙草を止める事ができました。そしてそれ以降は、友人で煙草をすっている人がいると、「煙草吸うんだ。もう少し賢い人かと思っていたよ。」と言うことにしています。これを言って今までに止めてくれた人が二人います。きっと彼らも周りを見る事が出来る人間になってきたのだと思います。

現在の日本では喫煙者はまだまだ多いです。私が病院の前の道を朝掃除をすると、ゴミが10個あるうちの9個は煙草の吸い殻です。これだけ煙草を吸う人はマナーもなっていないのです。そしてそれに気付いていないと言うことです。しかしながら救いとしては昔より若者が、身体に悪いことをせずに人に迷惑をかけないというスタンスになってきている様に思います。煙草をすわない若者が増えてきたからです。これは日本も先進国の仲間入りをしてきた証拠でもあります。

まず、人となりがしっかりしないと獣医師としての人格も出来ないという事を理解した留学時代でもありました。